館長のコラム
こちらは目黒陶芸館の館長が、陶芸のこと、また世間話など日々感じていることを書かせて頂くページです。
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2007-10-24 稲崎栄利子展について

28日まで開催をいたしております「稲崎栄利子展」のテキストを外舘和子氏に書いていただきましたので、作品鑑賞の参考にしていただきたいと思います。

なお、ご来館の皆さんは、稲崎さんの作品の凄さにびっくりされておられます。

  触覚的な気配の具体的なかたち−稲崎栄利子の陶芸的光景

             外舘和子(茨城県つくば美術館主任学芸員)

1 用途を越えて

稲崎栄利子は、1972年、兵庫県明石市に生まれた。

日本の美術大学の中でも、デザインやプロダクトをリードする武蔵野美術大学短期大学部の工芸デザイン科に入学し、初めて土に触れている。

工芸や陶芸の教育においては、大まかに、デザイン(設計)や用途の領域からアプローチする場合と、アート、表現として捉えて取り組む場合とがあり、それぞれの大学や教育機関ごとに多様な工夫も見られるが、日本では素材や技術を知ることから始める表現として陶芸を指導する在り方が西洋に比べ顕著である。

武蔵野美術大学の場合は、素材や技術をデザインに応用していくことに実績があり、稲崎の師である加藤達美は、その陶磁器分野における代表的な作家の一人である。加藤は、鑑賞目的の一品制作も手掛けるけれども、陶芸史の上では、まず、少量、中量生産の実用陶磁器の近代化、現代化に貢献した作家なのである。個人クラフト、工房プロダクト、工場プロダクトなど、日本の多様な実用陶磁器の創造システムの発展史の中で、この作家の果たした役割は重要である。

しかし、稲崎の興味は、量産の実用陶磁器に期待される用途、機能性、設計や効率といった世界とは別の方面に向いていた。

コーヒーカップや型成形のティーポットなどのテーブルウェア、あるいはタイルなど、短大の課題に追われながらも、アルバイト先でデザインや工芸以外の様々なジャンルの関係者と交流し刺激を受ける日々であった。用途や機能をどのようなかたちにするかというよりも、表現することの面白さを追求する方に惹かれていった。

その関心を初めて実際にかたちにしたのは、同短大の卒業制作である。用途前提の制作をずっと強いられてきた稲崎にとっての最初のオブジェ。松ぼっくりのように土のチップを集積させた5点組のその作品は、人の勧めで応募した1993年の朝日現代クラフト展で優秀賞を受賞する。「初めて素材に関心を持つことができたし、続けたいと思いました」と作家はいう。短大から同大学の造形学部工芸工業デザイン学科に進学、さらに京都市立芸術大学の大学院で陶磁器を専攻した理由もその辺りにある。以後、いわゆる日常生活や用途の問題とは別次元の、より純粋な自律的表現としての陶芸に、稲崎は迷わず向かっていくのである。

2 制作=生作

稲崎は、既に“女性優勢”の時代に陶芸を学んだ世代でもある。つまり、美大、芸大の男女比において女子が多勢を占め、勢い、公募展等でも女性の入選、受賞が珍しくない時代、さらにいえば女性であるが故に注目されるなどということ自体が、既に過去のこととなりつつある世代の作家である。

強いて、稲崎に女性「らしさ」を見いだそうとするならば、この作家が社会のヒエラルキーや既製の価値観、通念といったものと、一線を画したポジションを維持しながら制作を続けていることにあるだろう。

言説によって自らを主張し、外交性を発揮することで作家としての自己を確立し、自己プロデュースしていく欧米的な、あるいは狭義の現代美術的な在り方が、陶芸家の世界にも拡がりつつある現代にあってなお、「世間並に」などという感覚すら持つ事なく、“制作=生作”とでもいうべき生き方を、誰に強いられるでもなく貫いてきた作家なのである。 近年、筆者は「どうしたらやきもので食べていけますか」といった類いの質問を、学生たちから受けることが少なくない。「せめて『どうしたらやきものを続けていけますか』と尋ねるべきではないか?」と問い返すのが常である。

恐らく稲崎のような作家は、いずれの質問とも無縁であろう。稲崎は食べるために作るのではなく、作りたいがためにやむなく食べている、というようなタイプの作家である。

言うなれば、稲崎の陶芸は、生命維持のためのパンを、目にも楽しく味も良いパンにグレードアップするというような次元での「生活」の質的向上に貢献するのではなく、パンや水が肉体を支える以上に根源的なレベルでの切実な「生」を支えるための創造なのである。 

やきもので表現するという行為を通してしか自己の生をまっとうできないような陶芸との結び付き方、とりわけ、素材との直接的で固有の関係を得ることで初めて世の中と繋がる回路を獲得するような、究極の“実材主義者”の一典型が、稲崎の姿にある。それは単に懐古的、理想主義的なアーティスト像といった観念の次元ではなく、作家自身にとって、よりリアルで切実な姿勢なのである。

2005年に筆者が四国、高松市にある稲崎の工房を取材した折、作家は「年の三分の一とか半年くらいは労働に徹し、残りは制作に集中します」と語っていた。制作中の乾燥を克服するため、箱状の覆いの中にさらに土でカマクラのようなものをこしらえてその中に制作対象を置き、あたかも何か希少な小動物でも育てるように、黙々と手を動かす作家がいた。その作品は後に、国際陶磁器フェスティバル美濃'05(第7回)に出品され、銅賞を受賞している。

2007年の10月初旬、「相変わらずあの小さな部屋でひっそりと制作しています」というメッセージつきのファイルが筆者の元に届いている。相変わらず稲崎は、一人静かに土と格闘しているのである。

3 語り出す“先端”−増殖的フォルムの展開

朝日現代クラフト展デビュー以後、比較的初期の稲崎のオブジェは、例えば《ある山での暮らし》(1997年)のような、やきものの色彩と質感を生かした木の実の如きかたちをしている。自然の空気感や柔らかな日差しをやきもので表現したとでもいうべき、詩情ゆたかな作品である。

そうしたオブジェを1998年にガレリアセラミカで発表した後、稲崎はしばらく陶芸から離れていたが、2003年秋、信楽陶芸の森のアーティスト・イン・レジデンスで制作を再開する。

そこにとげ状のものが表れ始めるのは、2004年のことだ。

前述のメッセージファイルによれば、それは「床の間に、花の代わりに置けるようなものを習作的に」作ったのだという。作家は《小さな「間のための風景」》(註)というシリーズと題して、「潮の花冠」(2004年)、「草原のオパール」(2004年)、「月の切株」(2004年)など、密度の高いオブジェを制作している。それは確かに床の間にふさわしい単体の置物様式をとりながら、内容はそれぞれ一つの風景をなしている。

うつわの中から細いとげ状のものや薄い貝殻風の切片が生えてきたようなこれらのフォルムは、確かに花器に生けた花や、鉢植えの植物を思わせる。

ただし、制作の実際は、うつわを作って、そこに「植える」のではなく、トゲやチップのような小単位が、1つからスタートし、次第に周囲へ増殖していったものを、ある時点で土のガワで包むという、演繹的手法により成立している。小さな単位の増殖という意味で、朝日現代クラフト展に出品した松ぼっくりのようなオブジェと同じ発想の成形方法である。

また、幾つものぶつぶつとした長石の粒が宝石のように光る外側と、小さなかたちの「増殖」によって成長したかのような内部とは、「花器(鉢)」と「植物」というような個別のものの組み合わせではなく、例えば貝殻と貝本体のように、互いに結び付くべき一体のフォルムとして成立している。

そして「とげ」は次第に、その先端がものを言うようになった。

「なぜ、この感じが生まれ、作りはじめたのか、全く分かりません」という作家の言葉に拠るならば、それらはある日作家の内側から湧き上がるように現れたものだ。「とげ」の先端は、あるときは、ぶつ切りの断面に施された金彩が発光するかのように点々と輝き、あるいは白い小さな爪のような先端が「とげ」の毛流れを強調する。

細いかたちのカーブの集積によって、フォルム全体に一種のムーヴメントが生じ、その動態としてのフォルムが、風や光や影のごときかたちなきものを、目に見えるかたちとして出現させるのである。

具体的には、《a mineral》(2004年)、《afterimage(残像)》(2005年)、《雄鳥》(2005年)、《pilgrimage(巡礼)》(2006年)と、色彩は抑制され、繊細な「とげ」のうごめきそのものに焦点が置かれるようになった。《a mineral》のように、信楽陶芸の森という、大サイズにも挑戦し易い設備や窯のある制作環境により、やや大きな作品も生まれている。 ざわめく空気、きらめく光、あるいは雄鳥が全身の羽をふるわせて雌鳥に求愛するときの動的な生命のありようなど、作品はいずれも、見る者の視覚を通して、その触覚的感覚をゆさぶる集積のフォルムである。ざわざわとした空気が、常に凝縮されたかたちから湧き上がる。五感によってしか掴みえないような光景に対して、実体を伴うある輪郭を与えることが稲崎の仕事であるといってもよいだろう。複雑多岐な要素をやきものでこそ成し得る一つの姿に具現化した作品は、我々の深層を視覚を通して触覚的にゆさぶるのである。

4 まだ見ぬ光景を求めて 

そして2007年の《Solo》。今回の目黒陶芸館では、これともう1点、最新作が展示されるはずである。

「とげ」は磁土の粒として黒いボディに埋め込まれ、全体が強靭な触手のようなフォルムを形成している。ボディの一部には、信楽の土の粒を生の状態で顔料をくぐらせ、ラップで挟んで布状にしたものが貼られている。顔料の色を殺すことのないよう、焼成は1250度程度に抑えなければならない。

従来の作品では、いったん植えた「とげ」などは作家自身さえも二度と触れることのできないデリケートな構造をなしていたが、本作品では、埋め込まれた粒や色鮮やかな部分までもが、より確かな一体感を得た逞しいフォルムとなっている。周囲の空気を単独で制御する力強い存在としての「Solo」。メッセージファイルの中で、この作品について稲崎自身は次のような言葉を寄せている。

「立体の白粒のおりなす面やカタチ、光、影の風景を自身が見たくてつくりました。入れ墨のように一刀一刀傷に染料を入れていくように、その粒もひとつひとつ埋めていく。それらのテクスチュアが立体としてなりたっていくのを眺めながら作りました」。

作品は触覚的な気配とでもいうべきものの具体的なフォルムである。換言すれば、稲崎栄利子の“陶芸的な光景”のかたちといってもよい。まだ見ぬ特別な光景を求めて、稲崎栄利子自身の触手も日々動き続けている。

註:この作品をはじめ、ゴシック表示の作品は今回の目黒陶芸館個展に出品される。

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